両親の喪失。悲しみ。でも、泣きながら生きていく。
パートナーを亡くされた方からのご質問に回答しました。
パートナーの方はガンの治療中だったのですが、身体症状が急に悪くなり等々とありました。
シチュエーションが自分の母を亡くした時の事と重なるところもあって、書かずにはいられませんでした。
グリーフケアという単語を知ったのは大阪に転居した後の事です。現在通院中の精神科に併設されたカウンセリングルームで数回カウンセラーの方とお話した中での事でした。
親父を亡くした後、数ヶ月も経たぬ間にグリーフケアを受けていたら、自分がウツで長患いする事は無かったのかも……と、ぼんやり思う事もあります。
勿論、生来の自分の心理がダメダメで、例えあの時グリーフケアを受けても後に現実の波を避けきれず倒れてしまったかも知れませんが。
過去のifを考えても、過去が変わるわけではありません。
変える事が出来るのは、この瞬間以降。未来。
過去を背負いながら、泣きながら、自分は今日も生きていきます。
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50過ぎのおばさんです。両親っ子です。
長い文章ですが読んで頂けるとうれしく思います。
父は高校の頃にガンで、母もC型肝炎からのガンで20年程前に亡くなりました。
母は亡くなるしばらく前に急変し入院したのですが、既に意思の疎通ができない状態でした。
亡くなる少し前、母が身体を横に向けていた時、ふと母が泣いているのに気付きました。
丁度自分はベッド横に座っており、そのため母と目が合い、母が自分を見て泣いているのだろうかと感じたと思います。
肝臓の事ゆえ、涙も黄色く。
言葉無く、ただ目を開けて涙を流しているのです。
不出来な娘を残していく不安(親族に自分のことを頼んでいたと後々聞きました)。
恐怖。
痛み。
何なのか、今でも分かりません。
もしかしたら意識不明で母の意識はもうなにもなく、たまたま横に向いたから目が開いて、何らかの生理的現象で涙が流れたのかもしれません。
でも、それでも……と長い間考え続けています。
そのため、質問者さんのご質問を見て、書かずにいられませんでした。
父の死のショックから抜けきれぬまま成人し、心の病気と診断され、その後母が死にゆくことも現実として受け入れる事ができぬままその時を迎えてしまいました。
母没後も自身の精神科治療は続けていましたが、10年ほど前にお世話になったカウンセリングで初めて「グリーフケア」という事を聞きました。
父の死後にグリーフケアを受ける事ができなかった事も、長く続いている心の病の一因ではないだろうかと先生はおっしゃいました。
母の死についても同様ではと。
「グリーフケア」は、大切な方を喪失した悲しみによりそい、支えにになってくださる方々と話をしたり、類似体験をした方と悲しみを共有したりして互いに支え合うような形だったりします。
◆日本グリーフケア協会 | グリーフケアとは
https://www.grief-care.org/about.html
グリーフケアを受ける事も考えていただければと思います。
質問者さんのこころにある「彼が私のことをどう考えていたか知りたい」や「今後どう生きてゆけば良いのか」というご質問に対する直接の回答にはならなくて申し訳なく思います。
ただ、その疑問は「大切な人を失った悲しみ」の一つの姿だと自分は感じます。
悲しみを抱えつつ、それでも生きていく為には、「悲しんでいる自分が居てもいい場所」や「こういう事を悲しんでいると言える場所」、「悲しんでいる自分を受け止め、よりそい、いたわってくださる方」との出会いだと思います。
そのひとつがグリーフケアではないだろうかと、先生との話やその後ネットで調べたりして感じます。
「(お住まいの都道府県名) グリーフケア」等の単語でWEB検索してみてください。
精神科やカウンセリングルームでグリーフケアを行っている所もあるようです。
悲しんで、悩んで、泣いていいのです。
大切な人ともう話せない、聞けない伝えられない、それは悲しくてあたりまえだと思います。
自分は泣きながら35年近く生きてきました。
これからも泣いて生きると思います。きっと自分が死んだ後も自分は泣いてるでしょう。
それでもいいと自分は考えています。